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2005.08.05 行方不明事件
うーちゃんの生涯を語る時に
これは絶対にはずせない。

魔の行方不明事件。

その頃、うーちゃんもまだまだ若かった。
脱走を繰り返しては
母と介護人との三つ巴の大捕物。

敢えなく御用になる事、
何時間かして真っ黒クロスケになって帰ってくる事。
大抵は、逃げ込む先が
当時家の奥にあった製材工場の中だったので油断があった。

1993年1月8日夜。
またしても、隙を見て玄関から脱走したうーちゃん。
昼間なら徹底的に捕物となるのだけれど
真っ暗で思うように探せない。

何時間かすればいつものように帰ってくるさ、と
様子を見たのがいけなかった。
真夜中、何度も呼んでも帰ってこない。
朝になっても帰ってこない。
いくら耳を澄ませても
首輪についている鈴の音も聞こえない。

パニックになった介護人は
その日1日、クタクタになるまでうーちゃんを探し続けた。

今なら、もう少しまともな知恵もありそうなものだけれど
その時は本当に何も知らなかった。
当時ネットワークのあった小中学生に
「見かけたら教えて」と頼むくらいが精一杯で
ただただ、うーちゃんの姿を求めて一人で彷徨っていた。

次の日も、その翌日も
北風ピープーの中、一日中探し続けた。
その時の日記には、こんな事が書いてある…。

「うーちゃんを返してください」
「うーちゃん、帰ってきて、お願い」
「他になーんもイラナイから帰ってきて」

いなくなって5日目。
お向かいのSさんが、朝、うーちゃんを見かけたと
夕方になってから教えてくれた。

無事だったのかという安堵感と
どうして戻ってくれないのかという悲しい気持ちでいっぱいになった。

そして、その翌日、6日目。
中学生のひとり、Fちゃんがニコニコしながら
「うーちゃん帰って来たでしょ」と言ってきた。

まだなの、と答えるとびっくりしている。
何故ならば…。
前日の朝、Fちゃんが通学途中、
我が家の近くでうーちゃんを発見したのだそうだ。

「うーちゃん」と呼ぶと寄ってきたので
その時かじっていた(爆)あんぱんをひとかけ振る舞って
我が家の敷地まで案内してくれたそうなのである。

ああ、Sさんが「見かけた」と言った話と一致する…。

なのに。
なのにうーちゃんは戻らない。

また、泣きながら捜索の日々。

その翌日には、近くの小学校にいたという情報が
小学生チームから入ったものの、情報が遅くてどうにもならず…。
学校のまわりをウロウロするだけの不審者になってしまった。

「うーちゃんは、ノラさんになっちゃったのかな」
「おウチに帰りたくなくなっちゃったのかな」
日記にはそんな文字が並んでいる。

でも
無事な姿を見るまでは、絶対にあきらめられない。
うーちゃんがいないなんて、絶対に嫌だ。


…天は我を見放さなかった…

行方不明になってから10日目
1月17日の朝。

うーちゃんは
母が雨戸を開けた途端
「ウワーオーギャーアーオーン」(日記より)と
ものすごい声で鳴きながら、家に飛び込んで来たのだった。

その声に、介護人がブッ飛び起きたのは言うまでもない。

大声で何かを訴え続けるうーちゃんを抱きしめたのは覚えているけれど
あとはもう、何が何だか…。

ガリガリに痩せこけてしまっているけれど
怪我もなく、そんなに汚れてもいなかった。
どこでどうしていたのやら…。
10日もの間、
Fちゃんが分けてくれたあんぱんひとかけで過ごしていたのだろうか。
Fちゃん、命の恩人だ…。


介護人も、ずいぶん長い事生きている気がするけれど
うーちゃんが生還したあの時より嬉しい事には
いまだに出会っていない。

その日の日記。

「うーちゃん、帰ってきてくれてありがとう。
 もうどこへも行かないでね。
 うーちゃんをおうちに帰してくれたみんな、ありがとう。
 ホントにありがとう。
 うーちゃん
 もう、あと一生、いっしょに暮らそうね。」



プクプク時代。
脱走防止用のヒモ付き…(^^;)
DSCF0680.jpg


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